虎よ、虎よ!

いつも以上にネタバレあり。


25世紀。「ジョウント」と呼ばれるテレポーテーション能力を人類が手に入れた時代。主人公ガリー・フォイルは戦闘により破壊された宇宙船の残骸の中で生死の間をさまよいながら宇宙を漂流していた。半年の漂流生活の後、フォイルは宇宙船が通りかかるのを発見する。しかしその宇宙船は、明らかに彼の存在に気付いたにも関わらず彼の船の横を通り過ぎて去ってしまう。救いの天使かと思われた船に裏切られ、絶望のどん底に突き落とされた彼は自分を見捨てたその船《ヴォーガ》に復讐を誓うのだった。ここに、ガリー・フォイルの復讐劇が幕を開ける。

SFランキングの本とかを覗いてみると大概どこかにランキングしている作品。以前から読みたいとは思っていたけど絶版で読めなかったのが新装版でようやく読めることに。感無量。内容はほぼ期待通り。全体的に期待通りに面白く、一部はちょっと期待していた方向とベクトルが違っていて、一部は期待どころか想像を遥かに超えていたってところ。

あとがきにも書いてある通り、ざっくり言うと『モンテ・クリスト伯』のSF版。なんだけど、そこに組み込まれたSF装置が見事。物語の大前提であるテレポーテーション能力を始めとして、テレパシー、星間戦争、加速装置、共感覚その他もろもろ挙げていけばきりが無い程のアイデア(個人的には科学人がお気に入り)が惜しげもなく投入されていくのは読んでいて大満足。

そして終盤のタイポグラフィー実験が始まったあたりからの怒涛の展開は圧巻。これはもう言葉で表現するのは無理だから読んでくれとしか言いようが無いんだけど、ちょっと見たこと無いぐらい凄くて圧倒された。いっちゃってる感じが素晴らしい。あまりの迫力に脳汁出まくり。

個人的に少し残念だったのは主人公フォイルの人間性の変遷。序盤は復讐に燃える野獣然としていた男が、物語が進むにつれてどんどん理性的になっていく。およそ人間として価値の無い男が自分を見殺しにした宇宙船に(乗組員にではない)復讐を誓って野獣のような狂気を爆発させるってところを読んで主人公の狂気に興奮したから、この変化は読み進めていくうちに少しがっかりした。序盤ではひたすら宇宙船それ自体への憎悪をエネルギーに動いていたのに、中盤では普通に宇宙船の乗組員とか自分の乗っていた宇宙船を見捨てるように命令した人間とかを探し出して、挙句の果てには恋をしたり、最終的には「罰を受けたい」とか言い出したりするんだからなぁ。うーん、惜しい。

でもラストのあの呼びかけは、凡人が野獣になってそして理性を積み上げてさらにそこを突き抜けてこそ発せられるものなんだろうから、それは必要なプロセスではあるんだろうな。
最後にその群集に呼びかけるシーンをあまりに好きすぎて引用。読んでいて何でそんなことを言い出したのかは理解できなかったし、それでオチてるのかも分からなかったけどとにかく痺れた。

「諸君はブタだ。ブタみたいに阿呆だ。おれのいいたいのはそれだけだ。諸君は自分のなかに貴重なものを持っている。それなのにほんのわずかしか使わないのだ。諸君、聞いているか?諸君は天才を持っているのに阿呆なことしか考えない。精神を持ちながら空虚を感じている。諸君の全部がだ。諸君のことごとくがだ……」
嘲笑が浴びせられた。彼は疲れたようにヒステリックな情熱で言葉を続けた。
「戦争をやって消耗しつくすがいい。惨憺たる目にあって考えるがいい。自分を偉大だと思いこむために挑戦するがいい。あとの時間はただすわって怠惰におちいるがいい。諸君は、ブタだ!いいか、呪われているんだぞ!おれは諸君に挑戦する。死か生か、そして偉大になるがいい。きさまたちが最後の破局をむかえるときには、このおれを、ガリー・フォイルを見出すのだ。おれは諸君を人間にしてやる。おれは諸君を偉大にしてやる。おれは諸君に星をあたえてやるのだ。」